全生物の系統樹の原理

Last updated on Sunday 20th July 2003


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仲田 2003.06.23 Mon 18:36:30
真正細菌,古細菌,真核生物は,それぞれドメイン(Domain)という階級の分類群です。 全ての現生生物は3ドメインのうちのいずれかに分類され,それ以外の生物は知られていません。 そのため,これら3ドメインの系統樹を描くための外群となる生物は存在しないことになってしまいます。
それを解決する方法が,全ての生物が持っている重複遺伝子を用いる方法です。 伸長因子のEF-Tu/1αと EF-G/2(注)の組み合わせや,ATP 合成酵素のαサブユニットとβサブユニットの組み合わせなどは, 3ドメインが分岐するより前に,遺伝子重複によって誕生した兄弟タンパク質のセットであると考えられています。
それぞれの重複遺伝子のペアを一緒にしてタンパク質の系統樹を描くと,例えば以下のような無根系統樹が得られます。

真正細菌の EF-Tu -----------   ---------- 真正細菌の EF-G

              | ↓ |

古細菌の EF-Tu --------  |------|  ----- 古細菌の EF-G

           |-----   -----|

真核生物の EF-1α ------        ----- 真核生物の EF-2

この図は外群をとっていないのでルートがついていませんが,遺伝子重複が3ドメインの分岐以前であることが分かっているので, 矢印の位置にルート(遺伝子重複の起こった場所)が来ることが分かります。 その結果, EF-Tu/1α,EF-G/2 のいずれの部分でも真核生物と古細菌が近縁となっています。 同じように,2〜3種の分子で,互いを自分の外群にするような重複遺伝子の系統樹が作られ,現在では古細菌と真核生物が近縁であることが分かっています。
さて,このような系統関係が分かったとしても,実際に古細菌と真正細菌のどちらがより祖先に似ていたのかは分かりません。 極端な話,祖先生物は核を持っていたと主張する人もいるらしいです。 ただし,真正細菌の枝が生物の最初の分岐につながっているのに対して,古細菌の枝はその後,真核生物との分岐を間に挟んでいます。 このように,根からの距離(分岐の数)に応じて,真正細菌のほうを「祖先的な位置で分岐した」といったり, 古細菌を「より派生的なグループである」といったりします。 ここで言う「祖先的」「派生的」という表現は,あくまで系統樹上での相対的な位置を示していて, どちらが「原始的」あるいは「進歩的」であるということは言っていません。
ただし,例えば祖先が持っていた特徴を真正細菌だけが残していると言うためには, その特徴が古細菌と真核生物の共通祖先で一度だけ失われたと仮定すればよいですが, 祖先の特徴を古細菌だけが残しているというためには,その特徴が真正細菌と真核生物の祖先で計2回失われたと仮定しなければなりません。 よって,真正細菌の残している特徴の方が,最節約的に推定すると,祖先形質を残していることが期待できると言えます。
しかしあくまで,最節約的には,というだけの話です。 真核生物はかなり激しい進化を経験したグループなので,形質の喪失や改変があまりに起こりやすく, 祖先型の推定には役に立たないのが現状です。 つまり,実用的には,祖先の形質を推定する際に真正細菌と古細菌は対等な貢献をすると考えるのが妥当で, 古細菌と真正細菌のどちらが祖先に似ているかは,系統樹からは議論しないのが賢明でしょう。
なお,生物が誕生したころの地球の環境に似たところに住んでいるのはどちらだ,とか,系統樹によらない議論は十分に可能だと思います。
注:原核生物で EF-Tu と呼ばれるものが真核生物の EF-1α(アルファ)と相同で,同様に EF-G と EF-2 が相同。
重複遺伝子を用いてドメイン間の関係を明らかにしたのは以下の論文です。参考までに。
  • Gogarten, J. P. et al. Evolution of the vacuolar H+-ATPase: Implications for the origin of eukaryotes. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 86, 6661-6665 (1989).
  • Iwabe, N. et al. Evolutionary relationship of archaebacteria, eubacteria, and eukaryotes inferred from phylogenetic trees of duplicated genes. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 86, 9355-9359 (1989).

かたやま 2003.06.30 Mon 22:24:31
遺伝子が重複すると、どちらかの変化が加速されると言いますが、 加速の仕方も環境によりけりだと考えると、系統樹から祖先系を 推定することは困難なんでしょうね。 この前教育テレビをつけたら、ここら辺の話が既に解明しているが 如く、コンピューターグラフィックスで何やら怪しげな説明を 試みているようでした。でもやっぱりまだ謎のままなんですね。 よく分かりました。ありがとうございます。
仲田 2003.07.01 Tue 12:31:15
>遺伝子が重複すると、どちらかの変化が加速されると言いますが、 加速の仕方も環境によりけりだと考えると、系統樹から祖先系を 推定することは困難なんでしょうね。
例えば,寄生性生物では進化速度が非常に上がることが知られていて,系統解析が暗礁に乗り上げることがしばしばあります。 真核生物の中で,ミトコンドリアを持たない寄生生物の Giardia や Trichomonas などの系統樹上の位置はほぼ完全に謎です。
ちなみに,古細菌をもって,最初期の生命に近いという表現は,もしかすると Woese と Fox の1977頃の議論が始まりかもしれません。 彼らは遺伝子を比較すると,メタン生成菌が他のバクテリアから区別される(はじめは上界 Superkingdom レベルで分類したはず)ことを見つけました。 そして,メタン生成菌の生息環境や代謝などが,当時想像されていた生命誕生当時の地球環境と似ているとして,「古」細菌(Archaebacteria)と命名したらしいです。 現在では,私の知る限り,メタン生成菌は古細菌の中でも派生的なグループなので(つまり,メタンを生成する生き物は古細菌の祖先ではなかった),Woese や Fox のアイデア自体は否定されたといえると思います。

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